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2004.05.23

まじめにいいかげんを演じるのは難しい

★「言葉」は、「うっ」「ぐっ」と唸らされた言葉を備忘録代わりに記述していこうとするもので、カテゴリー「心と体」に当面は蓄積していきます。
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 まじめにいいかげんを演じることは難しい。
 見渡せば、いいかげんにまじめを演じる人ばかり。

 
★  ☆  ☆

今日5月23日の日本経済新聞、
読書欄のコラム「活字の海で-小沢昭一、再び脚光」より。

☆  

まじめにいいかげんを演じることができる人「小沢昭一」。
晶文社刊の「小沢昭一-百景」(全六巻)が五巻まで全て増刷になっていることを指摘しながら、編集委員内田洋一が、小沢昭一の魅力を「まじめにいいかげんを演じる」と絶賛している。

いい言葉ですよね「まじめにいいかげんを演じる」。
そして鋭く「見渡せば、いいかげんにまじめを演じる人ばかり」と切って返すのもいいっ!!

この「言葉」の前にも気に入った文章が並んでる。
こんな感じ↓

世はなべて効率至上、スピード重視。
不要不急のものは削られがちだが、
そうしたからといって安楽にいきていけるわけでもない。

たとえば、チンチン電車が目の前に来たとする。(略)
横町のオワザはこう言うはずだ。

「ほら、ごらんなさいよ。
都電は乗る人が来るのを待っているでしょう。

それからおじいさんが降りる時なんかそのようにドアをあけて、
降りるまでみとどけて、
絶対あぶなくないってところでドアがしまるとか、
トントンとたたくとまたドアがあく。

そういう人間の心が通っている乗り物が
もう他にありますか」
  (第一巻「都電えれじい」)

(略)

(小沢昭一は)自らの社会的な位置を確かめるため、
国内外の放浪芸を探求した。

舞台で芭蕉を演じた人らしく、
新しさの中に不変の理を見つめ、
変わらぬものの新しさを知る。
不易流行を透視する目は厳しい。

元軍国少年の昭和ヒトケタ、
働きバチ世代だから何事も手抜きができない。

まじめにいいかげんを演じることは難しい。
そうだそうだ、と快さいを叫ぶ中高年が多いのはそのゆえか。

見渡せば、
いいかげんにまじめを演じる人ばかり。

☆  ★  ★

今日のこのコラムの文章、ほんとに良いわ。
厳しく生きるから、いいかげんさや弱さの中に「理」を発見できるのだすよなぁ。

ホント、いい!

★  ☆  ☆  ☆

すみませぬ。
6月中旬まで、記事アップが難しいと書いてました。
いまもその状態が継続してはいます。

たまたまね、たまたまアップできたに過ぎない。
またどっかでアップできたら良いけれどその時空間の透き間 と 刺激的な言葉 が偶然出会うというそれが必要なのです。

ごめんなさいませ。

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Comments

>時空間の透き間 と 刺激的な言葉 が偶然出会うというそれが必要なのです。

それで十分だと思いまっす。
それこそまじめにいいかげんでいいと思いまっす(^^)。

Posted by: Yoc | 2004.05.24 at 03:42 PM

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