魂の労働、書評より
★「言葉」は、「うっ」「ぐっ」と唸らされた言葉を備忘録代わりに記述していこうとするもので、カテゴリー「心と体」に当面は蓄積していきます。
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渋谷(著者)は、自己実現というイデオロギーによって、新自由主義的な「選択する主体」と共同体主義的な「モラルの主体」とが接合され、ポスト福祉国家に都合のよい「市民」像が規格化されているとも指摘する。
強いられた自発性、用役としての愛、動員されたヴォランティア・・。
形容矛盾的現実のなかに、軋轢を、すなわち抵抗の根拠を見いだそうとする著者に「社会学者」なる肩書きはそぐわない。
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朝日新聞の昨日、1月4日の書評欄で取り上げられた「魂の労働~ネオリベラリズムの権力論」渋谷望著についての宮崎哲弥の書評の言葉。
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このくそややこしい言葉づかいの文をどうしても取り上げたくなったのは、「強いられた自発性」「用役としての愛」「動員されたヴォランティア」というこの言葉、この矛盾だらけの捉えにちゃんと引っかかっておきたかったから。
この捉えをボクらはちゃんと自覚しないといけないと思ったから。
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愛がないんだよ、愛が。
・・・・・・・ホラ、もう用役として使ってる。
ヴォランティアをすること!
・・・・・・・ほら、もう動員しようとしてる。
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強いられた自発性。
これは、少し前の確かフランスの雑誌の表紙にあったデザインが見事。
その表紙は、ピストルの銃口がこちら、つまり読み手(自分)に向いている。
そして、次のような言葉が添えてある。
自由に振る舞え!
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なぜか、こんな矛盾をボクらは言えたり、させようとしたり、しちゃってる。こんなアホなバカげたことを無自覚に、しでかしてしまうようになったのはなぜなんだろう。
いや、原因究明よりもなによりも、自分がこれらの「形容矛盾的現実」にいることを自覚し、オバカな鈍感な脳みそを装備しちゃってることを、ちゃんとしっかり脅えたいと思う。
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今日急いで、でっかい本屋に行って買ってきた。
平台に並んでた♪



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