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2003.12.21

国を操縦する(坂下さんのお話の続き)

坂下さんの話(もとタイトル 国を操縦する)、主婦が国を動かしたというそれはなにかの少々の補足。

今日、坂下さんと親しい方の話を聞く機会があった。

 >講演の中で坂下さんは、「そんな制度はない、
 >そんなカネはないと言われる。
 >でも心が動けば、人が動き、そうなると制度もカネも
 >ついてくるんです」

という部分について、彼なりの解釈があった。

ボクは、「心を動かす」のはパッションだけではすまないから、理性・合理性あるビジョンだろうと解釈したが、彼は「美」だと言った。心を動かすのは「美」だろう。。。。

美という言葉で脳みそ直結リンクになるのは、岩波文庫の巻末の「(岩波文庫)発刊に際して」の1行目だ。

   真理は万人によって求められることを自ら欲し、
   芸術は万人によって愛されることを自ら望む。

坂下さんの講演での話しぶりを思い出すと、なるほどそれは美だった。万人に愛されることを自ら(それも無自覚に)望んでいるかのようだった。万人は、具体的には同じような悲しみとつらさの境遇にある若い母親は、そしてその後坂下さんにどんどん引き寄せられていく小児科医は、そして行政の役人は、坂下さんの中に引き込まれるような美を感じたんだろう。

では、それは、いかにして可能か。
医療現場にそして国に異議申し立てができるその強い自我はいかにすれば可能か。
強い自我は何によって支えられるか、なぜそのように思いこめるか。

絶望?

もしそうなら、ボクらは坂下さんのようなまれな存在を発見しなければならなくなる。登場を待たなければならなくなる。

この結論はいけすかないな。依存がすぎる。
自分が何者かなどはわからないけれど、自分を離れたところには自分にとっての価値などないんだから、自分を中心に出来ることはなにかに頭とこころがまわらないのは無意味。

もう少し考えないといけないテーマだな

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